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2008年6月25日 (水)

命日

 平成20年6月25日(水) 命日
お題の通りしんみりとしたお話。

実は私には1歳の時の記憶があります。記憶と言っても大したものではありませんが、それが1歳の時のものだと分かったのは随分後になってからです。

その記憶とは、自分の右側に仏壇若しくは祭壇があり、部屋の反対側にもこちらを向いて誰かが座っています。そして左側に別の部屋があり、その先に玄関があって人の出入りがあります。

もちろん後になってからそれは葬儀の記憶だと分かりました。

また小学生の頃、悪夢にうなされる事がしばしばありました。

自分若しくは両親が火葬場で焼かれる夢です。

自分の時はとてもリアルで、棺のふたに釘を打ちつけられる音で目を覚まします。もっとも最近の葬儀では棺に釘を打たなくなりましたね。そして自分はまだ生きていると叫ぶのですが、その声は誰にも届かず、焼き場の炉に突っ込まれます。

そんな記憶、悪夢、そして現実が全てつながったのは随分後になってからのことでした。

0625

母が亡くなった時の事を潜在的に覚えていたのですね。

母は長野県伊那市の出身で、歌がとても上手でいつも歌を歌っていたと言います。

またバスガイドとしては指名を受けるほどの人気で、バスガイドのコンテストでは準優勝をした事もあるようです。

「皆様、右手をご覧下さいませ。一番高いのが、中指でございます(違」とか言っていたのかな?

ところで先日知人が、と言ってもかなり年配の方が亡くなり、葬儀に娘達も連れて行ったのですが、最後にお顔を見せて頂いた時に、感情豊かな長女は突然号泣し始めました。

娘達は故人とは面識はないのですが、人間の死というものを目の当たりにして、様々感じる事があったのでしょう。

また末っ子もその時は終始無表情でありましたが、後日私に「お父さんとお母さんも、あのおじさんみたいになっちゃうの?」と聞くのです。

私は「そうだよ」と答えながらも、自分が幼かった頃、自分や家族の死がとても怖かった事を思い出します。

娘は「死んだらどうなるの?」と続けるので、この子の気持ちを考えると「土になる」とは答えられず、「次の世界で待っている人がいて、その人たちと一緒にお仕事をしに行くんだよ」と答えました。

果たしでどう受け止めてくれたでしょうか?

しかし子供達に人間は死ぬと言う事を教えられたのは、とてもいい教育が出来たと思います。秋葉原通り魔事件をはじめとし、これ等の犯人達は人間の死の意味を分かっていないのでは?と思うところがありますので、そういう意味ではこの子達は自分なりに死というものを考えられたと思います。

かく言う私自身の寿命もいつまでのものか全く分かりません。それはまだ半分も生きていないのかもしれないし、明日までかもしれない。分からないからこそ、今を一生懸命生きたいし、今出来ることは今やっておきたい。

死ぬ時に後悔したくないからね。

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