7月の終わり頃に、突然我が家のみかんの木が枯れたんです。

義父が植えてくれたもので、毎年小さい木にたくさんのみかんがなっていたんです。
丁度その頃、義父が体調を崩し、同時に腰の痛みを訴えて家から出なくなったんです。
今思えば義父の生気が消えかけたのを木が知っていたかのようでしたね。
義父は碁と家庭菜園が趣味で、定年退職後は碁の教室の先生をする傍ら、家庭菜園に通っては我が家に野菜を差し入れてくれていました。
お陰で鍋の季節に白菜を買った事がありません。
そんな義父も6年前に胃癌を患い、余命まで宣告されながら奇跡的に持ち直し、以後定期的に検診を受けながら落ち着いていましたが、この春になって腫瘍マーカー?の数値が上がったようで、いよいよと言う話が出ていました。
8月に入ってからも一向に体調を持ち直す気配が無く、相変わらず腰の痛みを訴えるので、もしかしたら腎臓などの癌の影響で腰の痛みを訴えているかもしれないと思い、入院させたんです。
この時の入院が変な入院で、入院前より退院後の方が衰弱していたんです。
それで介護だの何だのと言う話が出て来て、その話の中でもう一度救急車を呼んで入院させるという話になったのが先月の終わり頃。
ただ昔の人なので、入院しても自分で何かしようという気は一切無く、義母に偉そうに何かを言いつけるだけの日々でしたが、日々衰弱していくのが良くわかりました。
9月5日の朝には医師と世間話をするくらいでしたが、午後になって容態が急変。
病院から呼び出されて義母と義母の姉、妻、娘達を病院に送り届け、その足で息子を迎えに行き、病院まで100m程の所で妻から電話が入り(ナビ連動のハンズフリーですからご心配なく)亡くなったと。
余りにもあっけなかったですね。
多分妻達はテレビでよく見るような心臓のモニターを見ていて、それが止まったことで亡くなったと感じたんだと思いますが、正式には医師の診断後に始めて死亡が確認されるようで、私と息子が病室に入ってからしばらくして医師が来て、これまたテレビでよく見るような診察をして、懐中電灯で瞳孔の開きを確認した後、その時の時間で死亡と言ってました。
義父は苦しむ事も無く、ほとんど人に手をかける事も無く、家族に看取られて81年の生涯を終えたんですね。
まあ、理想的な最期なのかな。
しかしですね、どうも葬儀場が大変混雑しているようで、葬儀は亡くなってから1週間後なんですよ。
これ、関西人だったら怒るぞ^^;
と言うか、常識ではないですね。
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 Wrong Ride
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